カテゴリー「星野文昭さんを取り戻そう」の記事

2009年3月25日 (水)

320後報その3(星野さん冤罪事件の現地調査)

320後報その3(星野さん冤罪事件の現地調査)
マグナムです。

3・20渋谷デモの前に行った、星野さんの現地調査の報告その3です。

星野さんはデモ隊のリーダーでした。
そして、「機動隊を殺したのは星野」という警察のとんでもないデッチアゲがなされ、グルになった裁判所が、あり得ないウソの証言を証拠とみとめ、今も徳島刑務所に拘束されています。

日本・アメリカ帝国主義は、沖縄県民に基地を強制し、軍事力を背景に世界中で労働者を搾取し続ける。
そんなことを許すな!革命だ!という人々の怒りを国家権力は冤罪を使って押しとどめようとした。

本当に許せないし、そんな国家権力は矛盾だらけだ。

最後の写真となりますが
検察側の証言では、この写真の位置から信号下の人物の顔を認識できたそうです。

(ちなみに一緒に調査に来たFさんがたっています)

…ふざけるな!

この冤罪事件こそが資本主義がいかに終わっているかを示すものだ。

星野さんの闘いは断固正しい、労働者階級の闘いだ。
みんな、星野さんに続こう!

おわり

| | コメント (1) | トラックバック (0)

320後報その2(星野さん冤罪事件の現地調査)

320後報その2(星野さん冤罪事件の現地調査)
320後報その2(星野さん冤罪事件の現地調査)
マグナムです。

3・20渋谷デモの前に行った、星野さんの現地調査の報告その2です。

星野さんら階級の闘いに対して、最後まで憎しみを燃やし、逃げながらも催涙弾を発砲しようとした機動隊員が、デモ隊の怒りによってセンメツ(死)されました。
機動隊の墓の写真。

現地の警察は、新人を必ずここにつれてくるそうです。
ちなみに同じ日(たぶん…)に、大阪の教育労働者が機動隊によって虐殺されています。

星野さんはこの交差点にたって、右から復讐の念に燃えて反撃にやってくる大量の機動隊をみながら、部隊の進撃のタイミングをはかっていました。

ちなみに、機動隊の本部はこのすぐ近くのNHK内におかれ、NHK前は最重要防衛拠点と指定され、無数の機動隊に防衛されていました。
星野さんらに向かってきた大量の反撃部隊もNHKからやってきました。
まさに敵の心臓を突き刺す渋谷暴動、その枢軸NHK付近につっこんだ星野部隊。
だからこそ敵もなりふり構わない大反動をかけてきていると思いました。
大学教授も「冤罪の授業でつかいたいくらいだ。でっちあげっていうのはこうやってやるんだと」といっているくらいですから。

第二第三の星野になるっきゃないですね☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

320後報その1(星野さん冤罪事件の現地調査)

320後報その1(星野さん冤罪事件の現地調査)
マグナムです。

3.20集会中はいろいろ忙しくて写真とれませんでした…

そのかわりに午前中の星野さんの現地調査の報告です。

1972年、政府が沖縄に米軍基地を永久固定した上で、沖縄をアメリカから日本に返還するという、「ペテン的復帰」
沖縄県民は怒りにわいていました。
日本本土では、今こそ沖縄の労働者と団結し、日本帝国主義を倒そう!
と首都東京で学生・労働者が激しく政府・国家権力とぶつかりました。
星野さんはその革命運動のリーダーの一人でした。

星野さんたちは、渋谷決戦のため、ある駅に下り立ち、一路この路を渋谷に向けて駆け出しました。

途中、機動隊約30名が阻止線を張ってきたけれども、一撃で突破。
機動隊は一目散に逃げ出しました

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)