2007年1月21日
日米軍の共同演習に反対する、「ストップ!ヤマサクラ51」集会&デモに行ってきました。
【写真は集会の様子。広範な労組や反戦団体、市民が結集した。】
朝鮮侵略・有事体制発動をねらう日本安倍政権の、全ての軍事演習に反対し、1000人の集会参加者が怒りの声をあげました。
※「ヤマサクラ」とは、在日米陸軍のシンボルである富士山と、陸自のシンボルの「桜」をあわせたコードネームで、「日米共同方面隊指揮所演習」のことです。
コンピュータや地図を使って弾道ミサイル攻撃などの「有事」や「周辺事態」を想定し、日米軍共同のシミュレーションをおこないます。
(これまでのヤマサクラの実施年表は記事の一番下)
前回の記事で紹介した「とめよう戦争!隊員家族と元自衛官連絡会」からもMさんとIさんから力強いうったえがありました。

【写真】
Mさんは、「自衛隊員が、閉鎖的な隊内で思想教育を徹底され、日本政府の戦争策動の全てを『正義』と教えこまれることは、自分の経験からも予想がつきます。ある意味で、自分も隊員の気持ちを理解できると思っています。」としました。
Mさんは92年のカンボジアへのPKO派遣の際、国際社会のため、カンボジアの人々のためになると信じ、派遣を志願した一人でした。
当時、外野で「自衛隊派兵やめろ!」とさけぶ市民に、「自分は敵視されている」と感じるとともに、正しい行いをしようとしている者を批判する人たちとして自分もまた敵視していたといいます。
その後、さまざまな情報や人との出会いにより、日本政府が自衛隊員にやらせていることが全く「正義」ではないことに確信を深めていきます。
今、Mさんは自衛隊員を辞めて医療労働者をしていますが、一貫して、自衛隊員に向かって「派兵に反対しよう。殺し殺されるのはやめよう。」と地道な呼びかけを続けています。
請願をおこなうとき、対応する隊員が元所属していた隊の上司や先輩だったこともあり、Mさんの行動はとても勇気のいる行動だと思います。
Mさんを先頭に続けられる「隊員家族と元自衛官連絡会」の請願活動のなかで、自衛隊内に変化がおこってきました。
おもて立っては言わないものの、請願の対応者や関係者が、「よく来てくれた」という言葉や表情を残していくようになりました。
また、同連絡会のつくる派兵反対ポスターをこっそりダウンロードしている隊員たちがいることや、「うちにも請願に来てほしい」「自分たちの気持ちを代弁してくれるのは右翼でも日本政府でもなく、あなたたちだと感じる」という自衛隊員と家族の思いが伝えられるようになりました。
同連絡会にも、匿名の自衛隊員からの相談があったり、家族が派兵反対集会に参加したり、集会をたまたま見知った隊員家族が感激をしたという話を聞くことがあるそうです。
Mさんはそのような経験から、決して自衛隊員の多くが納得してイラクに派兵されているのではないと考えています。
だからこそ外にいる私たちの責務として、仲間としての呼びかけを続けて行きたいと集会の発言をしめくくりました。
なお、同連絡会では、この集会の前に、伊丹千僧駐屯地にてイラク派兵完全撤退の請願をおこないました。
このあとにも、今は連帯ユニオンという国内最強の労働組合で役員をしている、川村賢一さんという有名な元自衛官からも発言がありました。
川村さんは(というか連帯ユニオン全般)超コワモテキャラで、今日もいつもの色メガネで登壇。発言も「この人は絶対、転向しないな」と思えるなんとも安定感のあるもので、知り合いの女性も「すごい&emojispark;」って感動してました。
かつてA&Uにも「若い人と『交流』がしたい」というので、「なにか一戦交えたいのだろうか・・・」とビビリながら、とある事務所にてお会いしたことがありました。
集まるなり、一方的な労働運動の講義をされ、あとで「おやつ食べますか?」と誘っても「家で食べるから」と何一つ口にせずに去っていきました。
(しかも、後日「あんな交流で良かったのかな?」と心配していたというから笑ってしまいました。意外とカワイイかたのようです・・・)
えー、集会では他にも各労組や市民団体、党派からのアピールがあり、すごく広範に党派が結集できたことに喜びを感じました。
ふだんはお見かけしないような、いろんな旗を見ることができてうれしかったです。
自治体労働組合からも、党派を超えて結集しており、やっぱり自治体労働者は戦争をとめる最先頭にたつ存在だ!と心を熱くしました。
また、今後は、もっとみんなが各団体・異なる党派の話もちゃんと聞いて、あしなみのそろった共闘運動を展開していきたいなと思いました。
自分としてはそのスタートにしたいと思いました。
集会後のデモもよかったです。【写真は駐屯地沿いにデモ行進する様子】
いつも伊丹の千僧駐屯地周辺のデモで思うのですが、やっぱり自衛隊基地の近くでくらす人たちは、デモへの関心度がちがうように思います。
大人も子どもも、住宅や歩道からデモ隊に注目し、手をふったり、ずーっと見ていたりします。
駐屯地内の自衛隊員に向けても、「イラクから完全撤退しよう」と呼びかけました。
(おわり)
↓以下、ヤマサクラの実施経緯↓
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YS--1 82年 2.15〜19
滝ヶ原 東部 約1000人 米側約 500人 計約1500人
YS--2 82年 6.21〜25
ハワイ 北部 約 60人 米側約 250人 計約 310人
YS--3 82年 12.6〜10
東千歳 北部 約1800人 米側約 650人 計約2450人
----中略----
(当初は主に北部、東北方面隊で実施。95年西部方面北熊本でのYS27
以後は五つの各方面隊持ち回りとなる。)
YS-35 99年 1.21〜30
朝霞 東部 約2400人 米側約1100人 計約3500人
YS-37 00年 1.20〜29
伊丹 中部 2200人 1000人 3200人
YS-39 01年 1.22〜31
北熊本 西部 2400人 1300人 3700人
YS-41 02年 1.20〜2.1
仙台 東北 3800人 1700人 5000人
YS-43 03年 1.18〜2.1
東千歳 北部 4500人 1500人 6000人
YS-45 04年 1.21〜2.1
朝霞 東部 2500人 1400人 3900人
YS-47 05年 1.21〜2.1
東千歳 北部 3500人 1500人 5000人
YS-49 06年 1.20〜2.3
北熊本 西部 4400人 1300人 5700人
YS-50 06年 7.12〜21
ハワイ 中部 105人 100人 205人
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◆ハワイなど偶数YSは省略。朝雲新聞社『防衛ハンドブック』より抜粋。