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2007年2月 6日 (火)

大阪市の長居公園での行政代執行

ユメウツツです。

報道されたように、2007年2月5日、大阪市の野宿者テント強制撤去の行政代執行がおこなわれた。

当日、私は始発電車に乗って6時前くらいに到着しました。冷えこんだ日で、ぜったいに阻止し続けるためにと、最大限着込んで参加しました。

現地のテント村には、野宿者支援・連帯をつづけてきた組織の人たちや学生たちが結集していました。また、A&Uメンバーや各方面の知り合いも、有志で声をかけあって集まりました。労働組合の関西生コンからもかけつけた労働者がたくさんいました。

あまり時計も見ていませんでしたが、8時代だったか、大阪市職員数百人がやってきました。
関西生コンの労働者らとともに、むかってくる市職員の列と対峙しながら「業務命令を拒否しよう」「人殺しの労働はやめろ」「生活の場をうばうな」と呼びかけました。一見、辛そうな表情を見せる職員もいましたが、無表情であったり談笑するような職員もいて、失望に近い怒りを感じました。

現場で関西生コンの労働組合員も激しく弾劾していたが、弱い立場の労働者を守るのが労働組合員の使命のはずだ。逆に言えば、労働者は自分より弱い立場の労働者を守らなければ絶対に権力に負けてしまう。これは絶対の原則だ。
これを守らなければ、権力にいいように使われて、人殺しの労働をしても自分を正当化できるような労働者に転落してしまう。最後に待っているのは労働者階級の死だ。

野宿者や支援者から抗議、弾劾の声が飛び続けた。私もよびかけを続けた。
しかし、再三の抗議もむなしく、市職員による野宿者テントの強制撤去がはじまった。
私は市職員の列に対峙し、目の前では一見、職員をとどめているような格好になっているが、他の隊列が次々と裏側の野宿テントのところに向かって、テントを次々を破壊していく。
もどかしさを感じるし、市職員はどんな表情で、どんな精神状態でテントをつぶしているのだろうか。同じ人間として怒りを感じる。

人を殺してまで従事すべき労働などあるのか!?

抗議行動をしていて感じたのは、労働者が権力の傭兵として動くとき、その経験を重ねることによって、単に思考停止している状態を超えて、むしろ自己組織的に対峙する民衆の鎮圧をはかろうとするようになることだ。

特に衝撃だったというか、予想できることではあるが、女性労働者の転落ぶりのひどさに、同じ女性労働者としてあきれた。
管理側と思われる女性職員が、阻止行動をおこなう人々に対して、業務妨害をやめる旨の「勧告文」をスピーカーで機械的に読み上げていたのだが、しまいには自律的に勧告を大声で意地になって読み上げ続け、抗議を妨害しつづけた。
声もかれるわけで、途中で若い男性職員にマイクを渡しいったんは交代したが、男性職員がすぐに読み上げをやめがちになったので、再度マイクをうばいとって最後まで絶叫しまくっていた。
他の女性職員らの表情も、「あんたらは勝手に反対をとなえているが、自分も辛いんだよ」とばかりに、開き直り自己の正当化をはかっているように感じた。

もちろん男性職員も同様であるし、むしろ女性職員は、犠牲者であるともいえる。
それに、抗議者が女性職員を「おばちゃん」と呼んだり、若い女性だから言いやすいとばかりに見下した口調で女性職員に説得している光景にはうんざりするし、「それは、あの管理してる男性職員に言うべきやろ」と批判した。

しかし、どう考えてもやってはいけない、やりたくないだろう労働を前に、被差別者が、労働者間の評価競争に従順にのってしまい、率先してその労働をおこなうことは同じ女性労働者としてとても残念であり、「本当は社会のあらゆる差別と闘える立場のはずだ!」と「労働者の敵になるな!」とさけびたかった。

最後には、11時半ごろ、スクラムを組んでいた私たちを市職員自らが一斉に引き剥がし、私たちは「作業区域」外へと連行された。
強制排除されているときも、市職員にこんな労働の経験をさせてはいけないと思った。

私のことを引っこ抜いて運んでいった女性職員4人も非常に流れよく作業をおこなっていた。一線を越えた労働者の顔を見てしまったように思った。
そのあと、私も含め「作業区域」に戻ろうとした人々と市職員らがもみ合いになった。
結局、抗議方針としてケガ人・逮捕者を出さないためにか、抗議の主催側の判断により、もみ合いは解除となった。

今回の抗議行動には大きな課題を自分として抱いている。
一つには、労働運動の課題である。そもそもこのような人殺しであり、生活保障という行政の役割の放棄である代執行に、自治体労働者が簡単に従事してしまったことだ。
私たちはこんな人殺しの業務をぜったいに起こさせないように組織内部からの労働運動の再生をはかる必要がある。簡単ではないが、人殺しを止め、戦争を止めるためには絶対に必要なことである。

もう一つには、民衆の反対運動が「抗議行動」にとどまっていてはならないということを改めて実感したことだ。
というのも、簡単に強制排除をさせてしまったことにより、市当局にせよ労働者にせよ「こんなもんか」という感想を得るだろうし、今後も弱者の「排除」を便利な施策の「オプション」として市政のなかに確立していくだろう。
私たちは、弱い労働者が生きるための覚悟として、「人殺しの業務をおこなうことは、明確に労働者の敵になる行為である」ということを職員に知らしめるためにも、絶対の阻止行動をおこなうべきだと思う。
これは、辺野古の基地建設「阻止」運動を現地でたたかう平良夏目さんの「反対運動」批判と重なるものだと思う。

私たち反対運動の側にも課題が残されたし、今後、どう動けるのかを考えたい。
ここで、「やるだけやった」という自己満足の感想は無意味だと思う。
根本的には、とことんまで闘う労働運動と阻止運動の建設をおこなうべきだろうし、目の前の動きとしては、この行政代執行の理由とされた「世界陸上」の本性を世間に暴露するために行動していきたい。

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コメント

 私も現場にいましたが、いろんな事を考えさせられました。それぞれの場面で感じたこと、見たことや聞いたことが思い出され、複雑な気持ちです。正直なところなかなか気持ちの整理ができていません。今でも、Nさんの「俺たちはゴミじゃないんだ!!」という訴えが思い出され涙が出そうになります。
 ユメウツツさんの 23:58コメントを読んで思い出したのですが、私の中でも関西生コンのお兄さん達の存在は「強烈な印象」として残っています。何を喋っていたのかとかまでは全然覚えていませんが、とにかく存在そのものが、メチャメチャ頼もしく感じました。
 私がいた所から見えた限りの印象で、実際はちがってたのかも知れませんが、市の職員は関西生コンの方達には、指一本ふれていなかった様に見えました。
 もちろんこれも私の個人的的な印象なのですが、市の職員が「赤いワッペンを巻いた関生のゴッツイお兄さん達の存在」ビビッてるように感じたのです。一気にファンになってしまいそうでした。
 
 

投稿: 通りすがりですが初投稿 | 2007年2月 7日 (水) 00:22

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