« 続報「バラ会議」抗議街宣 | トップページ | 大阪市職員のみなさんへ »

2006年5月 8日 (月)

バラ会議と一緒に天皇制もたたき壊そう

総務です。
 すでに夢現が街宣の報告を細かくしてくれてるので、自分はバラ会議に抗議する個人的理由のうちの一つを書きます。結論はタイトル通りで「バラ会議と一緒に天皇制もたたき壊そう」です。

過去ログでも紹介しましたが、バラ会議の主催者のTOPに名前を連ねるのは大阪市の関市長と、元首相の中曽根康弘と皇族・「寛仁親王妃」信子のお三方です。このうち中曽根康弘と「寛仁親王妃」信子は「財団法人日本ばら会」の会長と名誉総裁です。

野宿者のテントの強制撤去はこの「ばら会」が主宰するイベント「世界バラ会議」の障害になるという理由でおこなわれました。天皇が与える最高の勲章「勲一等」を受けた中曽根と皇族の信子が主宰する行事をおこなうために野宿者のテント撤去がおこなわれたっちゅうことです。

野宿者のテントと「バラ会議」。この二つが対立関係にあるので、そのうちのどっちが大事かの選択がこの問題の評価につながってくると思います。

で、自分としては比較にもならないぐらいテントの方が大事だと考えています。なんでならバラ会議はこの先の人生に於いて何の肯定的な意味も無い金持ちの遊興(お遊び)ですが、テントは昨今の厳しい経済状況をみるにつけ、将来の自分の住まいとなる可能性も充分にあるものです。「未来の我が家」がよりにもよって今自分が払っている税金で取り壊されるなんて到底認められないことなのでテントを壊させるわけにはいかんということです。だからバラ会議の方こそが壊されるべきで、自分にとってはそれを主催する連中こそ撤去されるべき存在です。

最近いわゆる格差社会が世間で認知を得るようになってますが野宿者と「バラ会議」の対比はこの格差の両極を良く表していると思います。ここでは、経済的優位にいて政治的特権を持つ連中の「バラを愛でる」遊興が滞りなくおこなわれるために野宿者の生活基盤が破壊され、殺されるという現実が表
れてます。それが示しとるのは「格差の拡大」が新しい獲得物の配分を不平等にするという従来の格差の緩やかなイメージ(頑張った人が頑張った分だけ獲得する)を明らかに越えて、既存の配分関係を破壊している(勝者が敗者からの強奪によって得ている)っちゅうことです。社会全体のボトムアップ(底上げ)が無い状況での競争や格差は大なり小なり勝者による敗者の搾取を含むモンですが、今の日本は文字通りその状況にあるし、改善する兆しも無いし、政治家(小泉政権)はその格差拡大を肯定してグイグイ推進する政策を次々と出しまくってます。

 野宿者のテント撤去は大阪市が行いましたが、その大阪市は国がこれから作ろうとしている自治体破産法の適用対象のTOPにきているぐらい財政破綻状況にあります。普通の感性で言うたら大赤字のときに金持ちの遊興のために税金使うなんて考えられないことですが、格差が拡大し、金持ちだけが社会の富(もうけ)を独占するような今の世の中では「いかに金持ちの財布を開かせるか」が色んな事業の目的にならざるをえません。企業誘致の再開発、税制の優遇などこれまでの借金の元になったことをさらに拡大して繰り返さなあかんことになります。

 反対に、もともと収益なんか出なかったうえに格差の拡大で赤字幅が増える教育、医療、福祉なんかの公共サービスは軒並み縮小ないしは廃止されることになる。関市長を中心とした大阪市に既得権をもつ連中は「自治体破産法が適用されたら大阪市は倒産して国に利権を持っていかれる」とびびりまくっていますが、利権なんかもってない大多数の市民は関「改革」の段階
で必要な医療や福祉が削られるので、破産したのと同じ結果を強いられることになる。

 今回のテント撤去は国や財界、皇族という「お財布」にシッポをふる利権屋どもが邪魔な野宿者を排除したということやから、小泉構造改革、関改革の典型的な現象と言える。

 ここで問題なんは、小泉や関を改革に追い立てるのは彼ら自身の性格やモチベーションなんかではなくて、そいつらに利権を保証する「お財布」達やということです。だから拡大する格差の中で貧者の側に立ってて、格差を容認できん自分は何よりもこの「お財布」どもの存在が許せんわけです。こ
いつらこそが人を際限の無い競争に駆り立て、自分は常に高いところからうまみを吸い上げる、本当の意味での「穀つぶし」です。自分がこれから先の人生を生きていく上で何のプラスにもならん、それどころかマイナスにしかならん連中、こんな奴らを税金払ったり、働いて金をピンはねされて養う意味なんてどこにも無い。

 「バラ会議」を叩き壊すには今後二度とそういうふざけた催しが行われないようにその根元からバッサリ切ってやる必要がある。その根元が天皇制なわけです。政治的特権で保護され、莫大な税金を湯水のように使いつづけ、批判するものには政権や、右翼どもが暴力的制裁をくわえることで権威を維持し成りたっている天皇制こそ民衆に向けられる「荒唐無稽な暴力」そのものです。この存在を許しとったら「格差があってもいい」と言ってるのと同じです。無条件の平等なんて空論やし必要もありませんが、それは勝者による敗者からの強奪を認めるということとイコールではない。バラ会議と一緒に天皇制も叩き壊そう。

|

« 続報「バラ会議」抗議街宣 | トップページ | 大阪市職員のみなさんへ »

差別との闘い」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バラ会議と一緒に天皇制もたたき壊そう:

« 続報「バラ会議」抗議街宣 | トップページ | 大阪市職員のみなさんへ »